倉吉北・坂本投手もこんな返事。「鳥取県は確かにチームが少なくて甲子園には出やすいけど、それは他の県と比べてで、県内ではどのチームもチャンスは同じでしょう？やってみると簡単には勝てないし・・・。いやな野次も飛ばされるけど、例えば『外人部隊帰れっ！！』なんて言われて嫌だけど、気にしないようにしています。ファンのためじゃなくて、自分のためにやってるんだから」
　こんな話を聞いていると、巷に伝わる、「野球だけやりに来とるんじゃ」と豪語してひんしゅくを買っている、などという話がウソに思えてくるではないか。もっとも一部にこんな部員がいてもおかしくはない。全国レベルで見たら、この手の野球部員はゴロゴロしているのかもしれない。彼らのチームが、かなりいい線をいっているために何かと目立つし、地元との結びつきも強くないから引っ張られなくてもいい足を引っ張られることもある。ゲームに負けると「強いと思って慢心してるからだ。ざまぁ見ろ」という電話をかけてくる嫌味な土地っ子さえいる。「地元の伝統校が甲子園に出るんなら寄付にも協力するけど、アソコじゃねぇ・・・・」という声も聞いた。彼らのチームや周囲がボロを出すのも確かなのだ。

　そのボロに敏感に反応したのが広島県高野連である。今春（注２）４月、同高野連理事会は、�@公式試合に登録する県外中学出身選手の数は１チーム、５人まで、�A中学段階での野球留学を防ぐため、毎年５月に行う基礎登録には卒業中学名と同時に入学中学名も記載する、などを申し合わせ、加盟７５校の検討を求めることにした。といっても、広島県内の高校で野球留学が目立って増えている、というのではない。昨年の登録選手で県外中学出身者は、広陵、崇徳、瀬戸内、近大福山などに２、３人ずついた程度、今年度も、ごくわずかな人数、と同県高野連は見ている。
　

　「県内に１校でも『野球留学』の選手が大幅に増えてしまった後では、手が打ちにくくなると思うのです。加盟校同士が足を引っ張り合い、いがみ合っているように受け止められてしまうからです。ことに、私立高校が経営上の問題を挙げて『野球留学』をさせるようになったら手も足も出なくなります。でも今なら、該当する学校がないから自由に議論ができる、と思うのです。その自由な議論の中から『さわやかな高校野球』を維持していくための協力体制が出来上がることを、私たちは望んでいるのです」と、県高野連・畠山理事長（県立広島商業野球部長）は言う。だから、この申し合わせは、各校での検討の「たたき台」。「５人」という人数についても、自由な意見を出してもらう方針である。この「５人」については、登録する選手が１チーム１５人とすると、その半数以上が地元出身でないとすれば「１県１校」の趣旨に沿えないのではないか、という疑問から出たもので、地元出身者が２/３以上、つまり１０人以上いれば、問題にする必要はないだろう、との判断である。
　畠山氏は、さらに、「来春（注４）には形の上でもはっきりしたものを決めて実施したいけれども、その結論がたとえ、人数を明記しないものであってもいい。むしろ、紳士協定としてお互いが取り決めを尊重する、信じ合う、という雰囲気が各校に出てくる方が望ましいのではないか、とも思っている。この意味から、人数を明記するとしても、違反に対するペナルティーは科さないでいい、と思っている」。とも言う。県内各校にはこれまでのところ、反対意見らしいものはなく、すんなりとまとまりそうな状況である。
　県外からの流入選手は、少ない数で（といっても少ない人数なら引き抜いてきてもいい、というわけではない）抑える状況が作れたとしても、県外へ出て行かれたんでは、愚の骨頂。「そのためには、少年たちに魅力あるチームがたくさんなければならない。同時に、大きな大会への出場機会もたくさん作る必要もある」（畠山氏）。
　というわけで、指導者研修会を充実させ、いいチームつくりで指導者に競争してもらう、春と秋の県大会出場校を従来の１６校から３２校に拡大（昭和５５年春から）し、１年生だけの大会も行う、などの手を打ってきた。
　現に昨年秋（注３）の県大会ベスト４が今春（注２）の大会には１校も入ってない、という「実績」もある。「ですからどの学校へ行っても一生懸命やれば甲子園にだって行ける、という状態になっているといえる。わざわざ県外へ出て行く必要はないのです」（畠山氏）。
　このように広島県高野連は「野球留学」に対して旗の色を鮮明にし、一方でそれなりに策を立てているのである。
　なぜ広島県が、という問題に触れなければならない。関係者に聞くと、こんな返事があった、という。

　昭和５４（１９７９）年秋、米子港山球状の中国大会でのことだ。審判の判定をめぐってスタンドから汚いヤジが浴びせられた。中国大会では、かつてなかったことだ。衝撃を受けた大会関係者が調べると、騒いだのは倉吉北のスタンドで、その中には大阪から「野球留学」させている父母も交じっていたという。ステージ・ママならぬスタンド・ママが大勢いるのも確か（子供をプロ野球選手に仕立てて金儲けをさせようというさもしい根性の持ち主ではないのだろうが）なのだが、どう見ても勝負だけにこだわり過ぎている、と関係者には映った。
　倉吉北にも反省を求める一方で、広島県高野連の幹部の中に、スタンド・ママやスタンド・パパに高校野球を引っかき回されてはいかん、という思いが、この時以来、芽生えていった。（中略）
　「勝つことだけしか考えない、となればラフなプレー、汚いプレーもやるだろう。スタンドから汚いヤジを飛ばす父母も出てくるだろう。正々堂々と戦い、相手のファインプレーには大きな拍手を送る。これが高校野球です。それが失われたらいけんのです。」
　これはまったくの正論である。しかし、野球留学の部員の多い代表校として取り上げた倉吉北、江戸川の場合でも、この正論を無視していないことは、はじめに紹介したとおりだ。監督や部長、選手たちの話がキレイ事に過ぎているにしても、彼らがそう発言している以上、そのとおりを実行してもらうまでである。

　「野球をやってる少年たちは、純粋に甲子園を目標にしてやっている、と思う。そういう少年たちの夢を実現できる場があるのなら、与えてやってもいいのではないか。そのために、学区のない私立学校を選んでも、ほめたたえることはないけれど、悪いことではない。ただ、親とか学校とかが変な思惑を絡めないようにする必要はあるでしょう。特に指導者は教育者の自覚を持ち、親の方にも高校野球の“ルール”を守らせるようにしなければならない」と、松山商業出身の児玉泰氏（元中日投手）は言う。児玉氏は、名門・松山商業に進むため、学区内の同校OB空谷氏の戸籍上の養子になり、甲子園出場の夢を果たしたばかりか優勝旗を持ち帰る快挙を遂げた。言ってみれば、彼は野球留学の先輩である。野球留学という洒落た（？）名前のない時代にまでさかのぼったら、それこそゴロゴロ出てくる。だからといって児玉氏の発言は、自身や、“後輩”をかばうためのものではない。その必要も利益もないからだ。その彼が、こう続ける。「もちろん優勝は嬉しかった。しかし、たとえ優勝できなかったとしても、それなりの満足感はあったと思う。『最後まで頑張ろう』と必死になって練習したからだ。これが本当に貴重な体験になっている。」

　甲子園での勝者は、たったの１校。後の参加校約３０００の野球部員たちは、必ず敗北を味わうことになる。少年たちは「勝つための必死の練習」をするのに違いないが、結果的には「負けるための必死な練習」ともいえなくない。勝者がたたえられるのは当然だが、甲子園ではよき敗者にも盛大な拍手が贈られる。そこが甲子園大会のミソ、である。徳島県立池田高校・蔦文也監督は、こういっている。「（生徒たちの好きな）野球を通じて人間教育を行うのが高校野球の使命です。その本筋が守られていれば“野球留学”は必ずしも大きな問題ではない、と思う。」
　池田高は、昭和４９(１９７４)年選抜でわずか１１人のチームながら、決勝進出を果たし、その健気な戦いぶりに惜しみない拍手を受けた。が、このさわやかチームにも、今２人の“留学生”がいる。
　蔦監督はこういう。「徳島に来ればレギュラーになれると思ったらしいが、今では補欠で終わっても野球に食らいついていく、といっている。ここが大切なところだと思う。この体験は(本人が）社会に出たとき、必ず役に立つ、と信じている。」また、高校野球と郷土意識についてもこう考えている。「高校野球は郷土意識と強く結びついている、としばしば言われている。だが、それは甲子園に出て行ったときの話。普段から意識しているわけじゃない。郷土意識が強調され過ぎるのはどうも・・・。その問題は、むしろマスコミの方にあるのじゃないか。」
　蔦監督は郷土の応援など関係ない、といっているのではない。「郷土」にこだわらなくても、「野球を通じた人間教育は十分行える」といっているのである。

　
　

（注１）昭和５３（１９７８）年

（注２）昭和５６（１９８１）年

（注３）昭和５５（１９８０）年

（注４）昭和５７（１９８２）年